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三重県津市 花屋 chelban [シェルバン] サンシュユのある地域
  • 生活の花

サンシュユのある地域

津市久居を車で走らせていると、庭の植栽にサンシュユが植えられているお家が見られる。

その辺りのお宅を見ながら走ると、同じ地域で何軒かサンシュユが花を咲かせているのに気付く。おそらくは同じ時期に建てられた家々だと思われる。

当たり前だが、住宅様式も庭の植栽もブームというものがある。

今、僕と同年代の方がお家を建てても、その庭にサンシュユを植えることは珍しいのかもしれない。

あの時代にあの歌が流行って、時代の記憶のような曲があるように、花にもやはり時代の花というものがあるのだと思う。

 

僕は、マリエさんがいなくなるのはとても辛い。

なぜなら、お店を開けた時の記憶や思い出、その時のお花の記憶や思い出というものを一人で持っているわけではないからだ。

誰ともそんな話がいつかできなくなる時が来ると思うと、とても寂しい。

物事は一人で持つようなものではないから、とても大切なのだと今は思う。

これを『半生』ハンショウ、という言葉で最近は話すことがある。『半生』ハンセイと言うと少し違い、『半死半生』ハンシハンショウと言うと少し離れる。

人生という言葉は、自分の人生という意味で観てしまうことが多くなる。

誰もが最初は自分の人生を主軸に物事を考えていくのだと思う。しかし、他人と共に生活していくと、感情・思考・作業・倫理・経済を半分ずつに時間を分けていることに気付いていく。

大雑把に言うと、人生を八十年だと考えると、これを二人以上で分け合っていることになると思う。

二人なら人生は四十年になる。

これが、僕が考えている『ハンショウ』というものだ。

 

子供の頃に、「ともだち100人できるかな」という歌のフレーズがあった。

これを『ハンショウ』に当てはめて考えてみると、100人と関わり続けて生きると人生は0.8年となる。

八十年の内に、人生はおおよそ292日ということだ。

多くの人と触れ合い、社交的で、コミュニケーションに長けているということを最も好ましいと思う必要がない。好ましいことの一つとして考えてみると良いのかもしれない。

 

「思うようにいかない」と言う人に出会うことがある。

思うようにいかないというのが人生の全ての時間を言っているとしたら、『ハンショウ』に当てはめれば、そもそもそんなに時間は多くないと思える。

 

三十五歳のある男性が、僕にこのように話した。

「今から子どもが出来たとしたら、大きくなった頃には六十歳になってるよ。それなら、自分の為に時間を使いたいな」

これは『ハンショウ』に当てはまる考え方に見えるが、使い方は少し違う。

 

心はいっしょに持つ。

思い出はいつも一人では持ちきれない。

 

この『ハンショウ』という考え方を自分を軸として使えば、少し違う。

 

自分のことが尊いと思うことと、自分のことのように尊いと思えることは全く違う。

 

自分の庭に、花が咲いているのか。

それとも、時代の花が咲いているのか。

 

サンシュユの花が咲く時期に、こんなことを考えていた。

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