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三重県津市 花屋 chelban [シェルバン] 写真と記憶と松
  • 生活の花

写真と記憶と松

記憶というものは本当に曖昧なもので、という書き口から始めると堂々とよく言えたものだなと感じられる。

まぁ、何を書こうかとしているかというと、僕は記憶力が弱いということだ。

 

僕は子供の頃から、人が嫌いではないが積極的に関わりたいと思うタイプではなかった。傍にいて、楽しそうな周囲の様子を感じるのが好きだった。

あの人は元気にやってるかなと、本当にたまに何か思うくらいで充分だと思っている。

 

二十代の頃に、人が一生の内に出会える人数は三千人だと聞いたことがあった。それを思い出したのでAIに訊いてみると、三万人だと答えてくれた。

 

マリエさんは記憶力が非常に良くて、人の顔と名前をよく覚えているので、いつも感心する。

 

僕は、幼い時から写真を残すことを大事にしていなかった。

両親からは、「壮年に授かった子どもであったので、思い出を沢山残してあげたいと思っている」というようなことを小学生の時に言われた記憶がある。

だから、旅行には沢山連れて行ってもらった。

 

年始に奈良のホテルに泊まった時のことだ。

 

奈良駅のそばにあったホテルにチェックインして、部屋に荷物を置いてから三条通りで遅めの晩御飯を済ませた。

ホテルに戻ってから着替えて、楽しみにしていた大浴場へ向かう。

浴槽は思っていたよりも広く、壁には大きな松の絵が照らされていた。前日からの疲れを癒すように、お風呂にゆっくりと浸かった。

ゆっくりと目を閉じて、また開けてを繰り返してみると、水面がチャプンと音を立てていることに気付く。この音は、耳に心地よい。

また目をつぶって、息を吐いて、身体が徐々に温まってくる感覚に溺れていく。僕は眼鏡を外すと、視界の全てがぼやけている。

逆に、聴覚が鮮明度を帯びていき、程よい温度の湯は自律神経を整えていってくれる。

 

僕は子供の頃からお風呂が大好きなのだ。

 

中学生の頃などは、一番お風呂に入るのが好きな時期で、一日のうちに八回もお風呂に入るということをしていた。

シャワーを浴びるのではなく、浸かるというのが僕にとって重要であり、出来るだけ暑い風呂の方が昔から落ち着く。

お風呂に入っては出て、少し浴槽の縁に腰掛けて身体を冷まして、窓を開けて、風を迎え入れて夏場などは楽しむ。

小説や漫画を浴槽に持ち込んで、長い間読むのも大好きだった。

だから僕は、今でも一日に絶対に二回はお風呂に入る。朝晩の二回だ。

 

ツマに言わせてみれば、僕の体が健康なのは暑い風呂に肩まで浸かって入るというのが身体を温めてて、それを子供の頃からしてるのがいいのではないかと言ってくれる。

それならば僕のお風呂好きも大したものだと思っている。このまま続けても良さそうだ。

 

話はそれたので戻すが、お風呂に浸かっていると子供の頃の記憶が自然と思い出された。

 

小学生の頃は、両親によく旅行へ連れて行ってもらった。ちょうど僕が小学二年生の時に、九州で雲仙普賢岳の噴火があって、現地の工事に屋根屋さんが不足していた。そこで、僕の父親の会社に打診があり、家族と従業員の総出で九州に向かうことになった。

僕は休学届を提出して、小学校を数ヶ月間に渡り休むことになり、家族と九州に住んでいた。ホテル住まいだ。

何故、そんなことになったかと言うと、元々個人事業で小さくやっていた屋根屋さんだったのだが、ある時、父親が急に大手からの下請け仕事を受注できることになる。

父親の話曰く、当時はそんなことが可能ではなかったのだが、何故か父親はそんなことが可能になって、急遽、株式会社にすることになる。

それから、元請けの系列ホテルに泊まれるようになった。

両親は事あるごとに、いろんな場所に連れて行ってくれて、各地の系列ホテルに僕は泊まった。

その時は何も分かっていなかったのだが、子供一人にホテルの一部屋が与えられていた。両親と一緒の部屋ではなく、小学生の僕一人に部屋を与えられていた。それも大きな部屋だった。

今、ホテルに泊まってみて、いい部屋に泊めてもらっていたなとその時の贅沢さを感じ、そしてちょっと笑えてしまう。

 

僕は前述したように記憶力が弱い。

そういう意味で本当に馬鹿なのだ。

だから子供の時によくいろんなところに連れて行ってもらっているが、どこに連れて行ってもらっても寝ていることが多かったり、静かに過ごすこととかの方が多いので、母親は笑っていた。もったいないと思っていたのだろう。

 

写真など自分では生活の中で必要以上に残そうとは思わないのだが、お店を始めてから写真をよく撮るようになった。

お店を始めた頃に Instagramが加速し始め、色んな場所に行ったり、人と出会った時に写真を撮ったりをしていた。

画像が沢山残ってるので、今、見返しながら随筆など書いていると思うことがある。

マリエさんは昔から写真をよく撮って何度も見返していたりする.。写真を撮る人というのはよく見返すのだなと思う。

僕にはその感覚がよく分からなかったのだが、何度も反芻して、その記憶を呼び起こす回数が多いのだと今になって気付く。

その時の感覚と情報を同期させる為に必要な回数と言えば良いのか。

だから、沢山のことを記憶できているのだなと思う。

 

随筆を書いてると、見返したり、何度も当時を思い返すことになる。

そう思うと、写真のありがたさというのが分かるようになってきた。

 

チャプチャプと音を立てる水面の奥、壁には大きな松の絵が照らされている。

ぼやけた松を眺めながら、そんなことを考えていた。

 

…よくよく考えてみれば、もしかすると、松ではなかったかもしれない。

まぁ、何を書いているかというと、僕は記憶力が弱いということだ。

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