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三重県津市 花屋 chelban [シェルバン] 火炎の光景
  • 生活の花

火炎の光景

十日に、父親の一回忌があった。

兄姉と共に、津市のお寺で行う。

 

昨年の年明け仕事始めの日に、父親が病院に運ばれて数日後に亡くなった。亡くなった日も成人祝いなどのオーダーが多くなるあたりだったので、昨年の年明けに仕事をした記憶がほとんどない。

お花をしていたがそれも記憶はほとんどなく、沢山のことが数日内に重なっており、ただ波のように今の時間や過去の記憶や感情が押し寄せてはさらっていった。風のように通り過ぎたと言った方が良いのかもしれない。それぐらい何も記憶に残っていない。

 

あれから一年が経ったと思うと、そんな風には感じられず、しかし、もっと以前の記憶のようにも思えるから不思議なものだ。

 

毎朝、駐車場に車を停めてから、お店まで歩くのだが、その途中に馴染みの煙草屋さんがある。そこの前の交差点を少し過ぎたぐらいのお宅の塀から木蓮がつぼんで顔をのぞかせている。あまりしげしげと立ち止まって見てはいないので、もしかしたらコブシかもしれない。

実家の隣家の畑に、二十年程前は木蓮の大木が二本並んでいた。紫木蓮と白木蓮だった。

それが満開になった時には、向こう側に見える空に火がついたようだった。火炎の光景だ。

数年前に、何故か二本とも切られて、その光景には二度とお目見えできない。

人の家の木なのだが、とても残念に思う。

 

一回忌が終わり、いつもの店の駐車場から歩いて煙草を買った。

木蓮のお宅を横目に過ぎるあたりで、考えてみた。

 

死は、誰にも理解が出来ない。

その時に、前人未到という言葉が頭に浮かんだ。

そうだ、死は前人未到の地なんだ。

行けば帰って来れない秘境。

そこまで考えると、生と死は同じものであるようにも思えた。

今、生まれようとしても、生まれることは僕には出来ない。

当たり前のことをイメージを変えて見てみると、違って見えることがある。

 

生もまた前人未到の地なんだ。

何故なら、生まれる時から同じ条件で生まれることはなく、全て自分だけが出会うものなのだから。

誰も行ったことがない秘境を僕達は歩いているのだから、道中に期待や不安、成功や失敗がちょこちょこ訪れる。

僕はあなたにはなれないし、あなたも僕にはなれない。

 

誰かの人生に憧れたりするのは、絶景を見に行きたいような感じかなと思った。

 

前人未到の地を歩いていると考えてみると、慰めになると同時に、楽しみが広がった。

 

どんな景色に出会えるだろうか

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