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三重県津市 花屋 chelban [シェルバン] 短編『 blue.sky.blue 』
  • 短編集

短編『 blue.sky.blue 』

blue. sky. blue

 

ある街の小さな動物園に人気者のペンギンの『菊ちゃん』がいます。 

その小さな動物園でペンギンは菊ちゃんだけです。

菊ちゃんはいつも空を見上げます。

青空には白い雲が流れていて、いろんな形に姿を変えます。

青空を自由に泳ぐ白ペンギン。 

菊ちゃんは青空の白ペンギンに恋をしているようです。

 

菊ちゃんは芸ができます。

菊ちゃんはむかし、この動物園がもっと小さかったころ、他の動物達といっしょに園長の『山本さん』に芸をおそわりました。

他の動物達にもおしえましたが、芸を覚えたのは菊ちゃんだけでした。

この動物園に来てくれるお客さんは少ないけど、 近所の子供達はよく菊ちゃんを見に動物園に来ます。

菊ちゃんのいる小型プールの前の柵に飛びついて、 みんなで 「菊ちゃーん」と呼びます。

山本さんが「菊ちゃん、みんな来てくれたわよ」 と言うと、 菊ちゃんは子供達に手 をふります。 

菊ちゃんの芸はみんなの心を暖かくしてくれます。

 

この動物園の園長は『山本さん』という女の子です。

山本さんは今、25歳です。

山本さんは高校三年生の時に学校を退学になり、 それからいろんな仕事をしてお金をためてこの動物園を作りました。

山本さんが動物園を作ろうと思ったきっかけは単純に動物達を 「かわいそう」 と思 ったからでした。

世の中に動物はたくさんいるけれど、ちゃんとエサをもらえて幸せに生きている動物の他に虐げられて生きている動物がいるのは平等ではないと思ったからでした。

山本さんは動物のことを何も知らなかったので街の図書館に通いつめ、勉強しました。

最初は何度も動物達を死なせかけたりしましたが、山本さんは必死で動物達の世話をし続けました。

 

菊ちゃんは今日も空を見上げます。

「菊ちゃん、何見てるの?」

山本さんは菊ちゃんに話しかけますが、 菊ちゃんは空ばかり見ています。

山本さんが見上げてもただの雲にしか見えません。

 

もともと、この動物園の動物達はみんな、普通の家庭で飼われていたペットが何らかの事情により飼いきれなくなり、捨てられた子達ばかりです。

そして、その多くが大人になってから動物園に引き取られてきた子達ばかりでし た。

でも菊ちゃんだけは違いました。

菊ちゃんは生まれてから少したってからすぐに他の動物園から山本さんの動物園に引き取られました。

 

山本さんが動物園を始めるために動物達を保健所やペットショップとかブリーダー、それに一般の家庭から引き取っていたころのこと。 

ある日、山本さんに動物園から電話が入りました。

「あなたが山本さんですか?  うちのペンギンを一羽引き取ってもらいたいんですけどね」

山本さんは「わかりました。 とりあえずそちらに行かせてもらいます」 と言って動物園に向かいました。

 

動物園に行く途中、山本さんは『ペンギンの世話なんでできるかな?」と考えていました。

そのころの山本さんが引き取っていた動物のほとんどは山本さんが飼ったこともない動物ばかりでした。

それらの動物達は普通のペットとは違い、いろんな面で手間がかかるので、 世話を することをあきらめて誰か代わりに世話をしてくれるだろうとなげやりに動物達との関わりを捨てようとする飼い主が多く、そういう飼い主は自分達が何の責任も取 らなくて済む山本さんの所に集まるのです。

普通の家庭で飼えるペットでもあっさりと捨てる飼い主もいます。

動物達を何の見返りも求めず引き取る山本さんは彼らにとって都合のいい存在なのでした。 そんな動物達の飼育には山本さんも苦労していました。

そんな時の『ペンギン」でした。

 

動物園に着くと職員らしき人に飼育室まで案内されました。

山本さんが飼育室に入ると一羽の赤ちゃんペンギンがいました。

『カワイイ』

 山本さんがジッと見つめていると、 赤ちゃんペンギンも山本さんをジッと見ていま す。

『こんなカワイイ子をどうして引き取ってくれなんて言うのだろう?』

山本さんはおかしく思いました。

山本さんにとって動物園から引き取ってくれないかと言われるのは初めてのことなので動物園から電話が入った時から変に感じていたのでした。

山本さんは職員の人に聞いてみました。

「この子、どうしてうちに引き取ってほしいんですか? こんなにカワイイし、全然元気そうなのに」

山本さんが聞くと職員の人は言いました。

「飼育係の奴がミスして、知らない内に交配しちゃっててさ。 毎回、 交配や生まれ てくる数はちゃんとチェックしてるんだけど今回たまたま見逃しちゃったんでね。 どこか引き取ってくれる所を探してたんだけど、他の動物園もペンギンはいっぱい いるってことだし、やっぱり頼みにくいしね。あんたの所なら別に問題にならないってことで電話したんだよ」

 

山本さんは「そうですか」と言い、赤ちゃんペンギンに目をやりました。

赤ちゃんペンギンはジッと山本さんを見ています。

「だいたい、うちにはペンギンはたくさんいるんでね。これ以上飼う必要はないから」

と職員の人は言いました。

山本さんはその言葉を聞いてムッとしましたが何も言わずに赤ちゃんペンギンを引 き取るということでそのまま帰りました。

 

動物園から帰る途中、山本さんの胸の中で赤ちゃんペンギンは丸い目で山本さんのことをジッと見ていました。

山本さんは赤ちゃんペンギンに笑顔で話しかけました。

「今日からわたしがあなたのママよ」

赤ちゃんペンギンは山本さんの胸の中でパタパタと体を動かしていました。

ペンギンの赤ちゃんは女の子だったので名前は『菊ちゃん』にしました。

 

山本さんは思います。

わたし達の生きているこの世界で、人間にとっては『ミス」と呼ばれるものがあるかもしれないけど、この世界にとっては『ミス』や『なくていいもの』なんてない。

みんなこの世界に『あるべきもの』として生まれてくる。

生まれること自体に意味なんてないかもしれないし、何かをするために生まれるということもないだろうけど、きっと確実に『生まれるということの必然』がそこにある。

何も意味なんてない、でもそこにある存在がこの世界を色づけている。

山本さんはそう思います。

 

この動物園にはたくさんの動物がいて、それぞれ飼育の仕方も違い大変です。

その中でも菊ちゃんの世話は一番大変でした。 

エサについては、菊ちゃんはまだ子供だったので、魚を細かくしたものを食べさせてあげるようにしました。

「菊ちゃん、おいしい?」

 細かくなった魚を口の中に入れてあげると、 菊ちゃんは本当においしそうに食べるのでした。

 

それよりも、菊ちゃんが大きくなってくると『 菊ちゃんはペンギンなんだからプー ルぐらいはやっぱりあったほうがいいんだろうな』と山本さんは悩みました。

しかし、山本さんの動物園にはプールはありませんでした。

そして、業者の人に工事をしてもらうお金もありません。

 

「作ってみるか!」

山本さんは動物園の敷地に一人でプールを作ることにしました。

まず、作業はスコップで穴を掘ることから始めました。

始めは簡単に現れると思っていた地面も掘るほどにだんだんと硬くなり、掘り終えるころには汗だくになっていました。

次に、セメントを練り始めました。

練ったセメントを穴に流し込み、 形づけるように全体的に塗りました。

数日かけた作業もようやく終わり、5畳ほどの小型プールが完成しました。

 

「よし、 完成!」

初めて作ったプールなので、きれいにという訳にはいかなかったけど、山本さんは大満足でした。

「さぁ、 菊ちゃん、入ってみて」

 少しいびつなプールに水が入ると、菊ちゃんは気持ちよさそうに泳ぎ回りました。

「菊ちゃん、 気持ちいい?」

 その日、菊ちゃんはずっとプールで泳いでいました。

 

菊ちゃんはこの動物園の人気者です。

菊ちゃんが芸をできるようになってからお客さんが今までより少しは動物園に来てくれるようになりました。 

菊ちゃんが覚えた最初の芸は手をたたいて『拍手』する芸でした。

山本さんが菊ちゃんと呼ぶと手をたたきます。

お客さんが呼んでも菊ちゃんは聞きません。

山本さんのためだけに菊ちゃんは今日も芸をするのです。

 

菊ちゃんは今日もまた空を見上げます。

青空には飛行機雲が一線流れています。

「菊ちゃん、どうしたの?」

山本さんが話しかけても菊ちゃんはまた空ばかり見ています。

山本さんが見上げてもやっぱりただの雲にしか見えません。

また別の飛行機がさっきとは違う線を空に描きながらどこかへ飛んでいきます。

 

山本さんは施設で育ちました。

山本さんには両親がいません。

施設の『園長先生』が山本さんのお母さんでした。

 

山本さんが施設に引き取られてから数年たったある日。

山本さんが部屋の隅で小さくなって泣いているのを園長先生が見つけました。

「どうしたの?  こんな所でどうして泣いてるの?」

園長先生が言うと山本さんは泣きながら言いました。

「園長先生、どうしてわたしにはパパとママがいないの?  会いたいよ」

園長先生は静かに山本さんを抱きしめて言いました。

「わたしがあなたのママよ。 何でも言ってちょうだい。 ここにいるみんなが家族なんだから」

山本さんは泣きじゃくりながら園長先生に抱きつきました。

青空には太陽が輝き、部屋を照らしています。

園長先生の暖かい胸のぬくもりを感じながら山本さんは泣き続けました。

 

プールができてからのことです。

山本さんは『 菊ちゃんもたまにはちゃんとした大きなプールで力いっぱい泳いでみたいだろうな』と思い、街の公共施設に頼みに行ってみました。

運良く、その時期に使用されていない街の体育館のプールを貸してもらえることになりました。

山本さんはデッキブラシで一人でそのプールを掃除しました。

プールに水を入れている間。

菊ちゃんとボールで遊んでいると、偶然近所の子供達が通りかかりました。

「うわー!!  ペンギン」 

子供達は菊ちゃんを見て大騒ぎしています。

「こっち来なよ。 いっしょに遊ぼうよ」

ちょうどプールに水が入りました。

「この子 『菊ちゃん』 っていうの」

子供達は 「キクちゃん」 「キクちゃん」と大喜びです。

その日はみんなで楽しく遊びました。

その子達はそれからも菊ちゃんを見に、動物園にもよく来てくれるようになりました。

 

この動物園には定期的に行われるイベントがあります。

『小学校』をモチーフにした『運動会』や『遠足』といった行事です。

『遠足』 とは近くの体育館のプールをたまに借りて、 菊ちゃんといっしょに近所 の子供達もプールでいっしょに遊ぶというものです。

菊ちゃんが芸を覚えたころはお客さんは少しは増えましたが、他の動物園と比べる と全然少ないという状態でした。

山本さんは動物園にもっとお客さんが来てもらえるように動物達の『運動会』を提案しました。

『運動会』 といっても、芸ができるのは菊ちゃんだけ。

それに菊ちゃんはまだ手をたたく芸しかできません。

山本さんと菊ちゃんは運動会までに何度も練習を重ねました。

 

運動会の日、菊ちゃんは頭に赤い帽子をかぶり、胸には『キクちゃん』と書かれた名札をつけて手をふりながらお客さんの前に出てきました。 

菊ちゃんは練習のかいがあり、しっかりと芸をしました。 玉転がしに障害物競走や玉入れもしました。

「カワイイ」

 菊ちゃんがボールを転がしたり、 平均台を渡ったりするのを見て、お客さんはみんな楽しんで見てくれました。 

 

運動会も終わり、 山本さんは道具を片付けながら菊ちゃんに言いました。

「菊ちゃん、 よくやったね。 おつかれ」

 菊ちゃんはそれを聞くとまた手をたたいて拍手をしました。

 「もういいのよ、 菊ちゃん」

 山本さんは笑いながら菊ちゃんに言いましたが、菊ちゃんは山本さんが片付けてい る間、 ずっと手をたたき続けました。

 

菊ちゃんは今日もまた空を見上げます。

強い陽射しが動物園を照りつけています。

 「菊ちゃん、暑くないの?」

 山本さんが言っても菊ちゃんはずっと空を見ています。

 

『菊ちゃん ストレスでもたまってるのかな?』

 数日前、山本さんの作ったプールはとうとう壊れてしまいました。

 大きくヒビが入り、水がたまらなくなったのでした。

菊ちゃんもそれからずっとプールに入っていません。

 

『とりあえずヒビだけでも塞いで、 菊ちゃんがプールに入れるようにしてあげないと』

 そう思った山本さんは、この前使った作業道具を出してきました。

 セメントを練り、ヒビから水がもれないように丁寧に塗りました。

 

「菊ちゃん、泳ぎに行こうか」

 山本さんはセメントが乾くまでの間、いつもの体育館横のプールに菊ちゃんを連れて行ってあげることにしました。

 

プールに着き、山本さんは水着に着替えました。

「さぁ、菊ちゃん入ろう」

 ドボーン!!

山本さんは元気よくプールに飛び込みました。

「気持ちいいわよ。いっしょに泳ごう」

ドボン!

菊ちゃんも飛び込んできました。

「よーし、 菊ちゃん競争よ」

 菊ちゃんに水を浴びせ、山本さんは泳ぎだしました。

 菊ちゃんも喜んで、山本さんを追いかけました。

 

数時間後、二人はぶかぶかとプールに浮かんでいました。

プールには青空が広がり、 まるで空に浮かんでいるようです。

青空に波紋が二つ。

重なりながらもそれぞれの波を空に広げていきます。

 

「そろそろ帰ろうか? 菊ちゃん」

プールサイドに上がりながら山本さんは言いました。

「菊ちゃん?」

タオルで髪をふき、山本さんはなかなかプールから上がってこない菊ちゃんを見ま

した。

菊ちゃんはプールにぶかぶかと浮かんだまま、空を見上げています。

「菊ちゃん・・・」

青空には波紋が一つだけ広がり続けました。

 

山本さんには小学生のころからの親友がいます。

『ケイコちゃん』といって、山本さんより1歳年上です。

 山本さんが小学生のころ、 ケイコちゃんは施設にやってきました。

 ケイコちゃんは両親が亡くなって、引き取り先がなかったので園長先生がケイコち ゃんを引き取ったのでした。

 

山本さんは両親がいないというだけで小学校でいじめにあっていました。

友達なんて一人もいませんでした。

運動会が近くに迫っていて、友達もいない山本さんは一人さみしく学校に通っていました。 そんな時、年の近いケイコちゃんが施設に入ってきたので山本さんは喜びました。

 ケイコちゃんもやっぱり学校でいじめにあいました。

 二人にとってはどちらも学校で唯一の友達でした。

 

運動会の日、空は雲一つない青空でした。

 二人とも学年は違うけど、 ケイコちゃんがいるだけで山本さんは幸せでした。

 全学年リレーの時。

「がんばれー!!」

 ケイコちゃんが走っている時は山本さんが応援しました。

 山本さんが走っている時はケイコちゃんが応援してくれました。

あのころは寂しかったけど二人にとっては大切な『運動会』の思い出です。

 

この動物園の土地はペットショップから月々数万円で貸してもらっています。

そのかわりに、ペットショップで売れ残った動物や売れない動物は山本さんの動物園で引き取ることになっています。

そういう条件で山本さんはこの土地を借り、 一人で動物園をやってきました。

初めてこの土地を見た時は、荒れた土地に小さなプレハブがぽつんと立っているだけでした。

それから動物達の小屋を立て、動物を集めて動物園を始めました。

 

この動物園にはゾウやキリンやライオンなんて動物はいません。

いるのは捨てられたり、誰からもいらないと見放された動物達だけです。

それでも山本さんは見てもらいたいのです。

そんな彼らがこんなに輝いて、 そして純粋に生きているところを。

みんなこの世界で生きていることを。

平等なのではなく、 同じものとして

 

動物園の仲間に子ワニの『ブービー君』がいます。

ブービー君はまだほんの小さな子供のワニです。

ブービー君は普通の家庭にペットショップで買ってこられて、すぐに捨てられました。

山本さんは保健所に駆除される予定だったブービー君を引き取りました。

ブービー君は山本さんに背中をかいてもらうととても喜びます。

 

ある日、動物園に来たお客さんがブービー君にかまれる事件が起こりました。

動物園のオリとか柵はお客さんに動物達を身近で見てもらえるように平たい場所に設置してあります。

お客さんの正面に動物達がいて、触ろうとすれば触ることすらできる距離です。

『動物に触れないで下さい』

と看板をつけていたのですが、子供がオリの中に手を伸ばしてブービー君を触ろうとしたのが原因でした。

子供の両親はひどく怒り、すぐに警察が来てブービー君は保健所に行くことになってしまいました。

山本さんはブービー君を動物園においとけるようにお願いしましたが無理でした。

 

その子供の両親は山本さんに言いました。

「保健所に駆除されるのを引き取ったんでしょ? そんな動物だから子供にかみついたりするのよ。・・・よかったじゃない。もともと駆除される予定だったのに少しでも長引いたんだから」

山本さんはその人に掴みかかりました。

警察が止めに入り、山本さんも少し落ち着きました。

でもブービー君はもう二度と動物園に戻ってきません。

 

山本さんは保健所に行き、最後にブービー君の背中をかいてあげました。

ブービー君はとても喜んでいました。

 

山本さんは動物園に戻り、ブービー君のオリの前にしゃがみました。

『いつもいる所にいない』

山本さんがオリを見つめていると、 菊ちゃんがトコトコ歩いてきました。

「菊ちゃん、どうしたの?」

菊ちゃんはジッと山本さんを見つめています。

「菊ちゃん?」

山本さんが訊いても菊ちゃんはジッと山本さんを見つめます。

山本さんの中で何かがドッと溢れ出してきました。

その日、山本さんは菊ちゃんの胸の中で静かに泣きました。

 

山本さんが中学生のころ、山本さんは施設の子供ということでみんなから仲間はずれにされていました。

仲間はずれの他にも、山本さんは中学生になると嫌なことが増えました。

施設ではあまり裕福な生活はできません。

山本さんが欲しいと思った物も簡単手に入れることはできませんでした。

学校でバイトは禁止されてましたが山本さんは園長先生にも秘密で新聞配達を始めました。

山本さんはバイトのお金で欲しい物をたくさん買うことができました。

 

そんなある日、担任の先生が山本さんを呼び出しました。

「クラスのみんなが、お前がお金をたくさん学校に持って来ていると言ってるんだが本当か? そんな大金どうしんだ?」

山本さんは正直にバイトのことを話しました。

とうとうバイトのことがばれてしまいました。

 

園長先生が学校に呼び出され、担任の先生が園長先生に言いました。

「やっぱり、こんな環境だから校則を破ったり、悪いことするんじゃないですかね?山本は生徒達の間でも評判が悪いですよ」

園長先生は「すみません」と言って頭を下げていました。

 

施設に帰っても、園長先生は山本さんにいつもみたいに接してくれました。

 

その夜、山本さんは園長先生が部屋で泣いているのを見ました。

園長先生が泣いているのを見たのは初めてでした。

 山本さんの心になんだかとんでもないことをしてしまったような感覚、そして世の中に対する怒りや矛盾が湧き起こりました。

 

菊ちゃんは今日もまた空を見上げています。

山本さんは最近ずっと菊ちゃんが空を見上げているのを知っています。

でも、どうして空を見上げているのかわかりませんでした。

 

事務室に戻り、 山本さんはブービー君のことを思い出しました。

やり切れない思いで、 また涙がこぼれそうになりました。

あれ以来、 お客さんはまた減りました。

動物園の経営も苦しくなってきました。

 

山本さんはため息をつき、ぼんやりと窓から空を見上げました。

空は今日も青空。

青空には雲が流れています。

なんだか淡い色の青。

山本さんはつらい時、悲しい時、どうしようもない時、 なぜか空を見上げます。

そんな時に限って空は決まって青空なのです。

 

山本さんは窓から空を見上げながら高校生の時の自分を思い出しました。

 

山本さんが高校生のころ、やっぱり山本さんは周りから嫌われていました。

それは両親がいないことや施設の子供であることや友達がいないことが原因でした。

でも、今までとは少し違いました。

今までなら嫌なことも耐えていただけでしたが、今度は誰かが山本さんをけなしたりすると山本さんは暴力で対抗しました。

そのうちに、誰も面と向かって山本さんに嫌みを言う人はいなくなりました。

みんなは山本さんを恐れ、山本さんに話しかける人は完全にいなくなりました。

 

山本さんは教室の窓から空を見上げました。

山本さんはどうしようもない自分に気付いて悲しくなりました。

空は青空。

今日も雲が自由に流れています。

 

山本さんは高校生の時の自分と菊ちゃんが似ている気がしました。

高校生の時、山本さんは誰か仲間が欲しくて、それなのに仲間のいない、どうして つくればいいのかすらわからない自分を悲しく思っていました。

 

山本さんは菊ちゃんの所に行きました。

「菊ちゃん、友達が欲しかったの?」

山本さんが聞いても菊ちゃんは空を見上げるだけでした。

 

また運動会の季節がやって来ました。

山本さんは菊ちゃんとの練習を再開しました。

でも、菊ちゃんは空ばかり見上げて練習に集中してくれません。

 

「菊ちゃん、ダメよ」

山本さんが言っても菊ちゃんは聞いてくれません。

「菊ちゃん!!」

山本さんが怒鳴ると菊ちゃんは走ってどこかに行ってしまいました。

 

山本さんはその場に座り込んで反省しました。

動物園の経営がうまくいかず、このままでは動物園を閉園しなくてはならないという思いが山本さんの心にあり、それでつい菊ちゃんに怒鳴ってしまったのでした。

 

山本さんは菊ちゃんを探しに行きました。

菊ちゃんはプールの前に立っていました。

山本さんは「菊ちゃん、ごめんね」と言い、 菊ちゃんの手をとりました。

「仲直りの握手。ごめんね」

 菊ちゃんの手を握りながら山本さんは言いました。

 

運動会はなんとか成功させることができました。

でも、見に来てくれるお客さんは前よりかなり減っていました。

 

運動会から数ヶ月後、とうとう動物園を開園しなくてはならないことになりました。

『動物達はどうなるんだろう?  菊ちゃんはどうなるんだろう?』

山本さんは閉園した後の動物達のことで悩みました。

 

山本さんは菊ちゃんのいる小型プールに行きました。

菊ちゃんはまた空を見上げていました。

山本さんが来たことに気付き、 菊ちゃんは山本さんの方を見ました。

山本さんは菊ちゃんに近寄り、 言いました。 

「ねえ、菊ちゃんはどうしたい?」

菊ちゃんは何も言ってはくれません。

ただジッと山本さんを見つめるだけでした。

 

『菊ちゃんは動物園から来て、ひとりぼっちで、仲間にも会ったことがなくて、仲間に会いたいと望んでいる。なんとかして菊ちゃんだけは仲間と暮らせるようにしてあげよう』

山本さんはそう思いました。

 

次の日、山本さんは菊ちゃんが生まれた動物園の園長に菊ちゃんのことを頼みに行きました。

「うちは前も言ったようにペンギンはたくさんいるからいいよ」

と園長は言いました。

山本さんは「お願いします。 お願いします」と何度も頭を下げてくり返しました。

園長に断られても、山本さんは毎日菊ちゃんのことを頼みに動物園に通いました。

そのうち、園長はしぶしぶ菊ちゃんのことを了解してくれました。

 

菊ちゃんが引き取られる日が来ました。

菊ちゃんが生まれた動物園の職員の人が菊ちゃんを引き取りに来ました。

 

「じゃあね、 菊ちゃん」

山本さんは菊ちゃんにそう言いました。

朝ちゃんは山本さんのことをジッと見ていました。

動物園の車に乗せられて、 菊ちゃんは引き取られていきました。

 

菊ちゃんを乗せた車が動物園からどんどん遠ざかっていきます。

菊ちゃんが遠くに行ってしまいました。

 

動物園の開園の日が来ました。

そこには菊ちゃんの姿はありません。

お客さんも全然来ませんでした。

 

動物園の動物達は山本さんが世話をすることにしました。

山本さんは昼間は動物達の世話をし、夜は工場で働いていました。

工場で働いていても、山本さんはいつも菊ちゃんのことが頭から離れませんでし た。

 

菊ちゃんが動物園に連れて行かれる時。

菊ちゃんは、山本さんが菊ちゃんを引き取った日と同じ目で山本さんを見つめていました。 あの動物園の帰り道。 

まだ小さな菊ちゃんは丸い目で山本さんのことをジッと見ていました。

あの時と同じ目で菊ちゃんは山本さんを見つめていました。

 

『菊ちゃん、どうしてるかな?』

 忙しい日々の中で、 菊ちゃんへの思いだけが山本さんの心で大きくなっていきました。

 

ある日、山本さんは菊ちゃんのことが気になり、こっそり動物園に見に行きました。

動物園には、山本さんの動物園にはいなかったライオンやゴリラやパンダやゾウやキリンまでいました。

園内はお客さんでいっぱいでした。

いろんな動物を見ながら歩いていくと、

 

『ペンギン』

と書かれた看板がありました。

 

山本さんの動物園と違い、 この動物園はお客さんより低い土地に動物達がいます。

周りは柵で囲まれており、お客さん達は遠くからしか動物達を見ることができません。

山本さんには、遠くから見ても一目でわかりました。 

「菊ちゃん・・・」

菊ちゃんはたくさんのペンギン達に囲まれて仲良く暮らしていました。

 

「菊ちゃん、良かったね・・」

山本さんはそう呟くと菊ちゃんに気付かれないように帰りました。

 

それから数ヶ月たったころ、山本さんはケイコちゃんに会いに久しぶりに施設を訪れました。

ケイコちゃんとは今でも親友で、山本さんがなんでも相談できる唯一の友達です。

ケイコちゃんは今、施設で先生をしています。

園長先生が亡くなってから勉強をして先生になりました。

 

施設の中では子供達が走り回って遊んでいました。

「元気してた?」

山本さんが声をかけると、みんな山本さんに飛びついてきました。

その騒ぎで、ケイコちゃんも山本さんに気付いて出てきました。

「久しぶり」

 

「入りなよ。コーヒーでも入れるから」

ケイコちゃんに言われ、山本さんは部屋に上がりました。

椅子に座りながら山本さんはケイコちゃんに訊きました。

「最近調子どう?」

「別に、何も変わらないわよ」

カップを棚から出しながらケイコちゃんは言いました。

「あんたの方はどうなの?  動物園うまくいってる?」

 

山本さんは動物園の開園のことをケイコちゃんに話しました。

今は工場で働きながら動物達の世話をしていることも話しました。

そして、菊ちゃんのことを話しました。

 

カップにお湯が注がれる音が部屋広がります。

 

「こないだ、こっそり菊ちゃん見に動物園行ったんだ。菊ちゃん、他のペンギン達と仲良さそうに暮らせてて良かったわ。 仲間に囲まれて、楽しそうだった。菊ちゃん、仲間に会いたかったんだからこれで良かったのよね?」

 

山本さんがそう言うと、ケイコちゃんは外を見ながら言いました。

「あそこで遊んでる女の子いるでしょ? あの子ね、いじめられてるの」

「エッ?」

山本さんもその子の方を見ました

「あのだけじゃなくて、何人かはやっぱり学校でいじめられたりするみたいね」

ケイコちゃんはコーヒーを一口飲んで続けました。

「わたし達の時と同じね。 やっぱり難しいみたいね、みんなが仲良く楽しくいっしょに生きるっていうのは」

山本さんには、なんだかその女の子がむかしの自分とダブって見えました。

 

「菊ちゃんのことだけど」

山本さんの方を向いて、 ケイコちゃんは言いました。

「あんたが高校生のころも、今の菊ちゃんと同じだったよね」

 

山本さんが高校生だったころ、山本さんは仲間が欲しくて苦しんでいたけど、実はすぐそばに園長先生やケイコちゃんや施設の家族達がいました。

 

ケイコちゃんは山本さんに言いました。

「一番大切なモノって近すぎて見えにくいじゃない? 菊ちゃんもそれだと思うな。菊ちゃんほんとはあんたに迎えに来てほしいんじゃないの?」

山本さんは黙ってケイコちゃんの話を聞いていました。

「だいたい、あんたはどうなのよ?  あんたと菊ちゃんは家族なんでしょ? 仲間なんかよりも家族はいっしょにいるものじゃないの?」

「・・・・」

山本さんは何も言いませんでした。

 

山本さんは帰り道、ケイコちゃんに言われたことについて考えてみました。

たしかに、高校生ころ、世の中の人すべて自分は憎まれているように感じ、自暴自棄になっていた山本さんを救ってくれたのは園長先生とケイコちゃんとそして、山本さんが世の中の人に嫌われていた原因であり、山本さん自身嫌っていた『施設』でした。

 

山本さんはそう考えるとケイコちゃんが言っていたことは間違ってないのかもと思い始めました。

 

山本さんは空を見上げ、呟きました。

「菊ちゃん、ほんとは迎えに来てほしいの?」

山本さんが見上げても、菊ちゃんが見ていた青空は見えませんでした。

 

山本さんは明日、もう一度菊ちゃんに会いに動物園に行くことにしました。

 

次の日、山本さんは菊ちゃんのいる動物園に行きました。

菊ちゃんやペンギン達のいる所へ行き、山本さんは柵の正面にあるベンチに座りました。 こないだ来た時と同じで園内はお客さんでいっぱいです。

 

山本さんは菊ちゃんを見ました。

こないだ来た時と同じで菊ちゃんは仲間達と仲良く、楽しそうに暮らしているように山本さんには見えました。

 

お客さん達が山本さんの前をつぎつぎと通り過ぎていきます。

 

「菊ちゃん、やっぱり仲間といっしょにいる方が楽しいよね?」

 

山本さんは空を見上げました。

 

空があんなにも高くに見えます。

山本さんの手の届かない所を雲が自由に流れていきます。

 

山本さんの脳裏に今まで菊ちゃんと過ごした日々が思い出されました。

 

菊ちゃんを引き取りに行って、初めて菊ちゃんと出会った日のこと。

あの日、菊ちゃんに言った言葉は、両親がいなくて、毎日寂しくて、泣いてばかりいた子供の時の自分に園長先生がかけてくれた優しい言葉を言ったものでした。

 

そして、動物園を始めたばかりのころのことを思い出しました。

 

山本さんが動物園を始めたころ、動物園には一匹も動物がいなくて、山本さんは捨てられたり、飼い主が飼いきれなくなった動物達を引き取ってきて動物園を始めました。

この近くには他にも動物園があり、山本さんの動物園にはお客さんがほとんど来ませんでした。

 

少しでもお客さんに来てもらいたい、と思った山本さんは動物達に芸をおしえ始めました。 山本さんは動物園の仲間達の芸を見てほしいのではなく、動物達を見てほしかったので芸をさせるのは嫌だったのですが、お客さんが来なくては動物達を見てもらう ことさえできません。

仕方なく、山本さんは動物達に芸をおしえることにしましたが動物達の多くは大人になってから捨てられた子や引き取った子達ばかりなので動物に芸をおしえたことのない山本さんにはその子達に芸をおしえるのは無理でした。

 

動物達はいくらおしえても一向に覚えてくれませんでした。

山本さんがあきらめかけていると菊ちゃんが山本さんの方をジッと見ています。

「なに?  菊ちゃんできるの?」

山本さんは笑いながら菊ちゃんに言いました。

 

菊ちゃんはジッと山本さんを見ています。

山本さんは菊ちゃんにも芸をおしえてみることにしました。

手をたたいて『拍手』のような動きをする芸です。

なんと菊ちゃんはすぐにその芸をできるようになりました。

「菊ちゃん、 すごい!  すごい!」

山本さんが「菊ちゃん」と言うと、手をたたいて拍手するのでした。

 

山本さんはそこまで思い出すと、もう一度ペンギン達の方に目を向けました。

 

「・・・菊ちゃん?」

山本さんは菊ちゃんがこっちを見ているのに気付きました。

 

菊ちゃんはジッと山本さんを見つめています。

山本さんもジッと菊ちゃんを見つめました。

 

かすかな音が山本さんの耳には届きました。

パチパチパチ・・・

 

菊ちゃんが山本さんに向けて手をたたいています。

「菊ちゃん・・・」

山本さんの目から涙が溢れてきました。

 

パチパチパチ・・・

菊ちゃんは力強く、 今までで一番力強く手をたたきました。

上から見ている山本さんに聞こえるように。

 

山本さんは柵に飛びつき、泣きながら叫びました。

「菊ちゃーん」

 

菊ちゃんはずっと手をたたき続けました。

菊ちゃんがこの動物園に来て、芸をしたのはこれが初めてでした。

 

山本さんが高校三年生のころ。

もう誰も山本さんに何も言う人がいなくて、山本さんは学校で一人ぼっちでした。

 

みんな来年にはもう受験をひかえていて、担任に進路の話をされる時期のことです。

山本さんの施設にはお金がなくて、進学なんてとてもできない状態でした。

山本さんは成績も良かったのですが、進学なんてしても今までと同じようなことのくり返しだろうと、進学にも自分の未来にも少しの希望も抱いていませんでした。

 

二者面談で担任と進路の話をする番が山本さんに回ってきました。

「進路は決めたのか?」

担任の先生は山本さんに言いました。

「まだです」

進路というのは進学か社会に出るかのどちらかの選択しかなくて、山本さんには現実的に進学は無理でしたが、社会に出て自分が生きている姿も全く想像ができませんでした。

 

「山本には進学は無理だもんな」

担任の先生は山本さんに言いました。

「じゃあ、就職するってことでこれからは考えてみるようにしろ」

 

山本さんは自分の鼓動が小さくなっていくのを感じました。

 

『何でわたしだけいつもこうなんだろう』

 

「何でわたしには進学は無理なんですか?」

山本さんは小さな声で担任の先生に言いました。

「それはアレだよ。お前のいる施設から進学した奴なんていないし、第一、あれだけの人数を全員進学させるなんて無理だろう。まぁ、お前も社会に出て、今まで育ててもらった分恩返しするようにがんばれよ」

嫌な言い方だったかもしれないけど先生の言ったことはとても現実的で、別に進学なんてどっちでもよかった山本さんにとっては少しも怒る要素なんてなかったのかもしれないけど・・・山本さんは担任の先生に殴りかかりました。

 

むかしから山本さんは他人の頭にあるイメージで存在を決めつけられて生きてきま した。 『両親がいない』 『施設の子』

もう山本さんは他人に自分のことを決めつけられるのにはうんざりでした。

 

山本さんは学校を退学になりました。

園長先生をまた悲しませてしまいました。

 

学校を退学になってから山本さんは何もする気になれませんでした。

『働いたとしてもその後何があるんだろう?』

『自分は何でここにいるんだろう?』

 山本さんは施設にも帰らないで街をふらふらとさまよい続けました。

 

高校時代、山本さんにはお気に入りの場所がありました。

何の建物かは知らないけど、 何かのビルの屋上でした。

そこからは教室の窓から見える空なんかよりもはるかにでっかくて、 近くて、壮大な一面の青空が見えるのです。

 

山本さんはビルの屋上から空を見上げました。

 

いつもと変わらない青空を、いつもと変わらない風で、いつもと変わらない雲が流れていきます。

屋上のフェンス越しに見える青空はどこまでも続いていて、どこかに行けそうな気にさせました。

 

『飛んでみようかな?』

 

山本さんはそう思いました。

 

カンカンカン ・・・

階段を上る音が山本さんの耳に聞こえてきました。

 

山本さんが振り返ると、園長先生とケイコちゃんがそこにいました。

「何してるの?」

山本さんは二人に言いました。

 

「みんな探してたんだよ?  帰ってきなよ」

ケイコちゃんが言いました。

 

山本さんはケイコちゃんに向かって言いました。

 

「帰っても何もないじゃない。 人から決めつけられて生きて、自分自身なんで生きてるのかもわからない」

 

山本さんがそう言うと園長先生は言いました。

 

「生きるって何だと思う?  世の中にはわたし達より弱くて、誰にも意見できない人もいる。みんなこの青空の下で悩んだり、苦しんだりしながら必死に生きている。だから青空を見上げ、一生懸命に生きるの」

 

山本さんは初めて園長先生に反発しました。

 

「わたし達より弱い人なんていないじゃない。みんなわたし達より楽しそうじゃない。 園長先生の言ってるのなんてウソよ」

 

山本さんは泣きながら叫びました。

 

「何で生きてるかわからない?  生きているから『生きる』のよ。一生懸命に生きるの」

 

山本は黙ったまま、小さく泣いています。

 

「やりたいことがないなら探せばいい、腹が立ったなら騒げばいい、悲しくなったら泣けばいい。  この青空に浮かんでる雲みたいにどこにだって行けるし、でも風に流されもする。 わたし達は空の上にたっているの。果てしなく広がる空の上に。どんな風生きるか 『決める』ことができるのは自分だけなのよ。 それが生きるってことなの」

 

園長先生も初めて山本さんに怒鳴りました。

 

「帰りましょ」

山本さんは園長先生の胸で、子供の時みたいに大声で泣きました。

園長先生の言ったことに納得した訳じゃなかったけど、ただうれしかった。

探してくれてうれしかった。迎えにきてくれてうれしかった。怒鳴ってくれてうれしかった。

山本さんはみんなの待っている施設に帰りました。

 

それから数ヶ月後、園長先生は交通事故で亡くなりました。

新しく施設に引き取った子がどこかに行ったのを探しに行ってのことでした。

 

園長先生が亡くなって一番ショックを受けたのは山本さんでした。

園長先生が亡くなったばかりはいろいろとドタバタして、みんな何も考えられなかったけどやっと少し落ち着きました。

 

ずっとショックでふさぎこんでいる山本さんにケイコちゃんは言いました。

「ちょっと外でも散歩してきなよ。気分ましになるかもしれないし」

「・・・うん、そうだね」

山本さんはケイコちゃんの言うとおりに街を散歩することにしました。

 

散歩の途中、山本さんは近くの公園に立ち寄りました。

公園にはお母さんと子供達がたくさんいました。

公園のベンチに座り、山本さんはまた園長先生のことを思い出しました。

「園長先生、何で死んじゃったの?」

誰も答えてはくれません。

子供達の楽しげな笑い声が公園に広がります。

 

山本さんは子供達の方を見ました。

お母さんといっしょに楽しそうに遊んでいる子供。

 

山本さんはむかしのことを思い出しました。

山本さんが泣いてばかりいたあのころ。

園長先生との大切な思い出。

 

山本さんが小さかったころ。

山本さんは寂しがり屋で、園長先生といつもいっしょにいたくて仕方ありませんでした。

でも、施設には子供がたくさんいて、 園長先生が誰かに付きっきりでいるなんてことはできません。

それなのに、 園長先生はそんな山本さんのことを気にして、一度だけ二人っきりで 遊びに連れて行ってくれたことがありました。

 

いっしょに電車に乗って、近くの動物園まで連れて行ってくれました。

山本さんは動物園に行くのはそれが初めてだったのでとても喜びました。

動物園にはたくさんの動物達がいました。

山本さんは園長先生と手をつないで仲良く見てまわりました。

 

「園長先生、ありがとう」

山本さんは園長先生に言いました。

「二人だけの秘密よ」

 園長先生は笑って言いました。

 

それは園長先生と山本さんの二人だけの思い出です。

 

山本さんは公園のベンチから空を見上げました。

あの屋上で園長先生に怒鳴られた時は、まさか園長先生が死ぬなんて思いもしませんでした。

今思えば、あれが園長先生がおしえてくれた最後の、そして一番大切なことのように 山本さんには思われました。

 

散歩の帰り道、山本さんはダンボールで捨てられている子犬を見つけました。

子犬を抱き上げ、施設に帰る途中。

山本さんは『生きる』ことを自分で決めました。

そして、やりたいことも見つかりました。

『園長先生みたいに生きよう』

その後、山本さんは動物園を作ることにするのでした。

 

「菊ちゃん、帰ろ」

 

山本さんは菊ちゃんといっしょにみんなの動物園に帰ることにしました。

動物園の園長には「すみません」と何度も頭を下げて認めてもらいました。

 

動物園の帰り道、山本さんは菊ちゃんが赤ちゃんだったころのように胸に抱いて帰りました。

「菊ちゃん 大好き」

あのころのように、 もう一度、動物園をしよう。

菊ちゃんやみんながいるからきっとまたがんばれる。

 

山本さんは菊ちゃんといっしょにみんなの新しい動物園に帰りました。

その帰り道の空は、陽のにおいでいっぱいの真っ青な青空でした。

背中に追い風をあびた雲はどこまでもどこまでも、前へ前へ流れていきます。

 

山本さんは菊ちゃんが大好きです。

 

菊ちゃんがいたおかげで、 今までがんばってこれた気がします。

そして、菊ちゃんがいる限り、これからもがんばっていける気がします。

菊ちゃんは何も話せないけど、 菊ちゃんの目を見ると、「よくやったね」とか「 がんばろうよ」 と元気づけられる気がします。

山本さんはいつも思います。

動物達にしてもらうことは多くても、動物達にしてあげられることはわずか。

 

菊ちゃんと出会ったことは山本さんの人生にとって最高の出来事でした。

 

菊ちゃんといっしょに動物園に帰った後、山本さんは新しく動物園を開きました。

開園したばかりはお客さんは誰も来ませんでした。

でも、そのうちにたくさんの人が動物園に来るようになりました。

山本さんが菊ちゃんを迎えに行った日に、 菊ちゃんが芸をしているところを見た人達が菊ちゃんに会いたくて山本さんの動物園に来るようになったのでした。

休日になると遠くからたくさんのお客さんが菊ちゃんを見に動物園にやって来ました。

 

また運動会の季節がやって来ました。

ものすごくたくさんの人達が動物園に来てくれました。

「菊ちゃーん」

菊ちゃんはいつも通りに山本さんと繰り返した練習の成果をお客さんに見せまし た。

お客さんはみんな菊ちゃんの芸を楽しんで見てくれました。

 

運動会も終わり、山本さんは道具を片付けながら菊ちゃんに言いました。

「菊ちゃん、よくやったね。 おつかれ」

菊ちゃんはそれを聞くと、また手をたたいて拍手をしました。

「もういいのよ、 菊ちゃん」

山本さんは『前にもこんなことがあったな』と思い、笑いながら菊ちゃんに言いました。 でも、菊ちゃんは山本さんが片付けている間、ずっと手をたたき続けました。

 

山本さんはその数年後、亡くなりました。

 

動物園はケイコちゃんが引き継いでするということになりました。

最初は施設とのかけもちで忙しい毎日でしたが、最近だんだんと慣れてきました。

いいこともありました。

動物園によく遊びに来る近所の子と施設の子供達が友達になれたことです。

山本さんやケイコちゃんの時にできなかったことが山本さんの力でできるようにな りました。

 

ケイコちゃんは最近よくあのころを思い出します。

あの小学校の運動会。

 

ケイコちゃんは思います。

人生は運動会のリレーのようなものだなと。

自分だけじゃできないことも次の人にバトンを渡すぐらいはできるかもしれない。

園長先生がわたし達にバトンを渡してくれて、山本さんが菊ちゃんにバトンを渡して・・・いろんなところでいろんな人が『いのちのバトン』を渡し続ける。

わたし達は通じ合っているんだなと。

 

山本さんもそう思っていたように、ケイコちゃんには思われます。

でも、山本さんはもういません。

いたとしても、それはわからないでしょう。

わたし達は決して交わることなく進む平行線です。

誰かの気持ちになって考えるとよく言うけれど、自分の側からしか何も物事を見ようとすることはできない。

それが遠いのか近いのかはわからないけど、できるだけ近づこうとする。

それは大切な気持ちです。

 

菊ちゃんにも子供ができました。

名前はまだないけど、カワイイ女の子です。

菊ちゃんもこの子にいつかバトンを渡す時が来るでしょう。

 

「菊ちゃん?」

ケイコちゃんが見ると 菊ちゃんが空を見上げています。

ケイコちゃんも空を見上げました。

 

ある街の小さな動物園に人気者のペンギンの『菊ちゃん』 がいます。

その小さな動物園でペンギンはもう菊ちゃんだけではありません。

 

菊ちゃんは空を見上げなくなりました。

でも、空に雲がない一面の青空の時には、その抜けるような青空の先にいつものあの山本さんの笑顔があるような気がして、フッと空を見上げます。

空の中の山本さんは普段は白ペンギン達に囲まれて、にこやかに笑っているように菊ちゃんには思われるのです。

 

「菊ちゃーん」

子供達が大きな声で菊ちゃんを呼びます。

「菊ちゃん、みんな来てくれたわよ」

ケイコちゃんが菊ちゃんに言いました。

 

今日も菊ちゃんの拍手が青空いっぱいに広がります。

 

『菊ちゃん、大好き』

 

□あとがき

 

18歳~21歳の時期に、話をいくつも作りました。

この『blue.sky.blue』は、僕が最初に書いたお話です。

その当時の僕は、大学受験を諦めて、父親が経営していた屋根屋の借金返済の為に家業を手伝ってい

ました。

大阪・兵庫県・奈良県・三重県で新築住宅の屋根を葺いていました。

高校の友人達が軒並みに進学していったことに引け目を感じて、酷い劣等感を抱えていました。

道を歩いて、人とすれ違うことにすら苦しさを感じていた時期です。

 

夏の頃に、兵庫県の現場で屋根に上っていました。

下屋に架けられた足場を避けながら屋根を葺いていると、二階の窓からラジオの音楽が聴こえてきます。

大工さんがラジオを聴きながら仕事をされているのです。

orange pekoe さんの『やわらかな夜』が流れていました。

その曲がとてもシャレているように感じて、今の自分とはほど遠い世界だなと思ったことを覚えています。

そんな風に何かを思い、寂しさや哀しさを抱いた時に、いつも空を見上げていました。

その空には、期待や希望や夢や自由が詰まっていました。

大屋根や下屋から見上げた空は、広くて大きくて、どこにも行けない僕をいつかどこかに連れて行ってくれるように感じていました。

いつも屋根に上り、瓦を葺き、休憩の時に空を見上げて、このお話を考えました。

 

その時期は、夜になるとお母さんが僕の寝室に訪れて、「死にたい」と泣くことがよくありました。

家族や誰にも言えない気持ちを誰かに分かってほしかったのだと思います。

「お母さん、大丈夫やで」と僕は言いました。

僕自身が不安で仕方がなかったのですが、いつもそう言うようにしました。

言いながら、どうしようもない無力を感じて、何度も情けなくなりました。

 

書きあがった短編を出版社の公募にエントリーしました。

最終選考まで残り、選ばれなかったのですが、出版社から連絡が来ました。

一人で行くのが心細かったので、お母さんについてきてもらい東京の青山にあった出版社に向かいました。

その東京の帰り道で、映画館を見つけました。

当時、僕が観たかった映画『キャシャーン』が公開されていて、映画館に二人で行きました。

男子校あがりで女性に免疫がなかった僕は、受付に居た女の子が可愛く見えて戸惑っていました。

そんな時に、お母さんが「タカシ! キャシーン始まるで、キャシーン!」と大きな声で呼ぶので、めちゃくちゃ恥ずかしかったのを覚えています。

黙ってよ!お母さん。

キャシーンちゃうくて、キャシャーンやし。

と心で叫んでいました。

 

そんなお母さんですが、

その後、肺がんになり、治り、三重に来て、僕がお店を起業した時にまた肺がんになり、

2022年に亡くなりました。

 

三重に来てから、お母さんが病院で掃除の仕事をしていた時のことです。

小児病棟にいた子が「お話が好き」と言っているから、この短編を読ませてあげたいと僕に言ってくれたことがありました。

僕の書いた短編をその子に渡して読んでもらうと、とても喜んでくれていたとお母さんは言いました。

今にして思えば、本当はそんな子はいなくて、ただ僕を喜ばせようとお母さんが想ってくれていたのかもしれません。

 

 

お話、読んでもらえて嬉しかったです。

 

ありがとうございました。

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