- 2021.08.28
- 短編集
短編『ゾウのバルーン』
『ゾウのバルーン』
ある日、ある街の、ある昼下がり。
バカな大人達は世の中の「いらないモノをどうすればなくせるか考えていました。
街の広場の噴水の前に集まり、「いらないモノ」について話し合っているのです。
*
*
「えー、みなさんに集まってもらったのは他でもなく、「いらないモノをどうやって処分したらいいのか』ということについて話し合うためです」
この街の代表の『トッピオさん』が演説しています。
「なにかいい考えが浮かんだ人はいませんか?」
みんな胸元で腕を組み、 「うーん」とうなるだけで誰も答えません。
会議が始まってここ数時間、 ろくな意見が出ていませんでした。
*
*
トッピオさんは深いため息をつき、もう一度みんなに聞きました。
「今日の議題は 「いらないモノをどうやって処分したらいいのか』です。
誰かいい考えの浮かんだ人はいませんか?」
みんな胸元で腕を組み、「うーん」とうなるだけで誰も答えません。
*
*
バカな大人達から見れば世の中には「いらないモノ」があふれていました。
そして、「いらないモノ』はここ最近というものさらに増えるようになっているのです。
*
*
「燃やしてしまうのはどうだろう?」
誰かが手を挙げて言いました。
「燃やしては有害なガスが出る。 ダメだ」
トッピオさんが言いました。
「どこかに捨てるというのはどうだろう?」
別の誰かが手を挙げて言いました。
「捨てるとゴミになる。 それはマズイ」
トッピオさんが言いました。
*
*
「みんな胸元で腕を組み、また「うーん」とうなりました。
*
*
『いらないモノ』の処理にはみんな困っていました。
『いらないモノ』の処分はとても難しいことなのです。
*
*
この街には大きなゴミ処理場があります。
でも、ゴミは処理できる量を超えて増え続けていて、
この世の中にはこれ以上『ゴミを捨てる ところ』はありませんでした。
*
*
「うーん」とみんながうなっていると誰かが言いました。
「それなら空に捨てるのはどうだろう?」
みんながその男を見ました。
「この世の中に捨てるところがないなら空にでも捨ててしまえばいい。 空はガランとしていて、 空にはまだまだ捨てるところがたくさんあるんだ」
*
*
「それはいい考えだ」
トッピオさんが言いました。
「空に捨てよう」
みんなが言いました。
*
*
空に捨てると決まったら、さっそくトッピオさんは街の住人に風船を作らせました。
街の住人によって色とりどりの様々な風船ができあがりました。
大きいのやら小さいの、きれいなのやら不細工なの。
トッピオさんはそれらすべての風船を街の広場に集めさせました。
*
*
「さぁ、何を飛ばそうか?」
そうです。ちゃんと空に 「いらないモノを捨てる』ことができるのか試してみる必要があります。
いつも「うーん」とうなるだけの大人達もここだけは違いました。
「よし、「バルーン』 を飛ばそう」
トッピオさんが言うと、みんな「うんうん」とうなづきました。
*
*
『バルーン』とはゾウの名前です。
ゾウの「バルーン』はいつからか街の広場に住みつきました。
群れからはずれた野良ゾウなのか、 それとも動物園から逃げ出したゾウなのか、
はたまた サーカスに捨てられたゾウなのか、 それは誰にもわかりません。
街の住人はなんて珍しいんだろうと喜んでバルーンを街の一員に迎え入れました。
子供も大人もみんな、バルーンに食べさせるエサを持って、 毎日広場に遊びにきました。
バルーンは広場の噴水で水浴びをし、街のみんなが持ってくるエサを食べて、 毎日楽しく
暮らしていました。
*
*
しかし、ある日のこと。
子供達が学校から帰ってきました。
お母さん達は子供に「今日のテストはどうだった?」と聞きました。
子供のテストを見てお母さんは驚きました。
「自分の子供がバカになってる』
そうです。バルーンが来てからというもの子供達は勉強もしないでバルーンと遊んでばかり いたのです。
大人達はみんな、カンカンに怒りました。
子供達ではなく、バルーンに。
大人達はバルーンのせいで自分の子供がバカになったと思ったのでした。
*
*
頭にきた大人達は広場に集まりました。
バルーンを街から追い出すことにしたのでした。
「バルーン お前のせいでウチの子供はバカになってしまった。 もう街から出ていってくれ」
トッピオさんが言いました。
「トッピオさん、待ってください。 子供達がバカになったのは僕のせいじゃありません」
バルーンは言いました。
「お前のせいじゃなかったらウチの子供のせいだって言うのか」
バルーンは何も言いません。
「もう頭にきた。 自分から出て行かないんだったら無理やりでも追い出してやる」
*
*
しかし、大人達が何人束になって押そうともバルーンはピクリとも動きません。
そうです。バルーンは街のみんなからエサをもらえて自分でエサを取る必要がなく、運動を しなくなって太ってしまったのでした。
さらに、運動不足と太ったことにより、 バルーンは自分でも動くことができなくなっていました。
大人達は何度もバルーンを追い出そうとしましたが結局無理でした。
大人達からすれば子供達に人気があり、子供達が勉強しない原因ののろまなバルーンが、
この世でもっとも「いらないモノ』 だったのです。
*
*
トッピオさんとバカな大人達はバルーンのいるところに行きました。
「やあ、バルーン 今日こそはお前にこの街から出ていってもらうぞ」
トッピオさんは言いました。
バルーンはバカな大人達が来たことに気付き、 振り返りました。
「あー、 大丈夫。心配しなくてもいいぞ。 今日はお前のシリを押したりはしない」
バルーンはバカな大人達の顔を見渡しました。
バカな大人達はニヤニヤと笑っています。
「お前には空に行ってもらう」
トッピオさんが言いました。
「空?」
バルーンが聞き返しました。
「そう、空だ。お前のようなのろまな奴を置いておく場所はこの街にはない。 お前には空に飛んでいってもらう」
*
*
バルーンは青ざめて言いました。
「やめてください、トッピオさん」
バカな大人達は持ってきた風船を膨らませて、次々とバルーンの体にくくりつけていきました。
どんどん風船が増えていき、 風船の数が100個を越えました。
その時です。バルーンの体が宙に浮きました。
バルーンの体は徐々に宙に浮かび上がっていきます。
「やったぞー!」 「成功だ!!」
バカな大人達は飛び跳ねて大喜びしています。
*
*
*
*
バルーンの体は徐々に徐々に上昇していきました。
バカな大人達の姿がだんだん小さくなっていきます。
もうバカな大人達の姿が豆みたいに小さく見えます。
建物も小石ほどの大きさにしか見えません。
どんどんバルーンの体は空へ上がっていきます。
*
*
もう街があんなにも小さく見えます。
雲がこんなにも近くを流れています。
雲をこんなに近くで見るのは初めてだったので、 バルーンは身を乗り出して雲に近づきました。
あんまり雲に近づき過ぎたものだからバルーンの体は雲に引っかかってしまいました。
バルーンは辺りを見渡しました。
辺り一面真っ白です。
*
*
鳥達が近くを飛んでいきます。
バルーンは鳥達に話しかけました。
「鳥さん、僕を街まで運んでくれないかい?」
鳥達は言いました。
「いやよ。だってあなたものすごく太っていて重そうだもの」
「そうだね。 あんな重そうなの運べっこないよ」
「無理無理」
鳥達はチュンチュン早口で騒がしく言ってます。
「わかった。 話しかけてごめんよ」
バルーンは言いました。
鳥達は歌いながら飛んでいきます。
「のろまなゾウ。 のろまのゾウゾウのくせに空を飛ぶ。 鳥でもないのに空を飛ぶ」
*
*
バルーンは一人、雲の中で取り残されてしまいました。
*
*
そのころ、 街の広場では。
「よし、バルーンは落ちてこないな。 どうやら『空に捨てる』のは成功のようだ」
トッピオさんとバカな大人達が話をしています。
「みんな、『いらないモノ』を広場に集めてこい」
トッピオさんが言いました。
*
*
『いらないモノ』が空に捨てられるとわかったら、さっそくみんな思い思いの 『いらないモノ』を 空に飛ばし始めました。
*
*
*
「どうしよう、こんなに高くまで飛んできてしまった」
バルーンは心配そうに下を見下ろしました。
「んっ? 何か来るぞ?」
バルーンが雲に引っかかっていると下のほうから何かが近づいてきました。
それはバルーンと同じように雲に引っかかって止まりました。
風船のついた冷蔵庫です。
その他にもどんどんバルーンのいる雲のところに街のみんなが捨てた『いらないモノ』 が飛んできました。
バルーンのいる雲だけでなく、そこら中の霊に「いらないモノ』 が引っかかっています。
冷蔵庫 テレビ 黒い袋に詰められたゴミ 壊れた車
真っ白な雲に赤・青・黄色、色とりどりの風船が頭をのぞかせています。
*
*
街のみんなが空に『いらないモノ』をどんどん飛ばしているのだとバルーンは思いました。
*
*
バルーンがあんまり周りをキョロキョロと見回したから、バルーンの体は雲からはずれてしまいました。
バルーンの体はまた徐々に上昇していきました。
*
*
バルーンの体は雲を離れてからもまだまだ上に飛んでいきます。
とうとうバルーンの体は地球を離れました。
地球を離れて宇宙に来てしまいました。
真っ暗な宇宙に色とりどりの風船のついたゾウがふわふわと浮かんでいます。
*
*
*
「だいたいの 『いらないモノ』はこれで捨てることができたな」
トッピオさんとバカな大人達は満足げにニコニコしています。
街の広場に集められた 『いらないモノ』はあらかた空に捨ててしまいました。
「ハハハ。よし、これからも『いらないモノ』が出てきたら広場に集めろ」
トッピオさんが笑いながら言いました。
「わかりました。ハハハハハ」
バカな大人達の笑い声が広場に広がりました。
*
*
*
そのころ、宇宙にいるバルーンは。
バルーンは辺りを見渡しました。
そこら中でキラキラと星が光っています。
*
*
「???」
バルーンはさっきから一番近くに見える星がだんだんと大きくなっている気がしていました。
だんだんと星の形がはっきりしてきます。
徐々に大きさを増した星を見て、 バルーンは星が大きくなっているんじゃなくて自分がその星に吸い寄せられていることに気付きました。
とうとうバルーンはその星に着陸しました。
バルーンが星に降り立つと風船はしぼんで小さくなってしまいました。
ゆっくりとバルーンは自分の立っている星を踏みしめました。
黒っぽい土とこれもまた黒っぽい小さな石がゴロゴロと転がっている星です。
宇宙を見上げると、 青く輝く地球が見えます。
あんなに遠くに見える。
バルーンは思いました。
*
*
なんだかオナカが減ってきたな。
少し前まではこのぐらいの時間になると街のみんなが自分に食べ物を持ってきてくれていま
した。
長い間、ジッとして地球をみつめていたバルーンでしたがオナカが減ってきたので食べ物を探しに行くことにしました。
バルーンが一歩足を踏み出すと、街にいたころはあんなに重かった体がすんなり上がりまし
た。
一歩進むとピョンと体が跳ね上がります。
足を踏み出すたびにバルーンの体はピョンピョンとジャンプします。
どうやらここは地球より重力が少ないようです。
バルーンは喜んで星を進みました。
*
*
少し進むとバルーンは気付きました。
ここはバルーンが住んでいた街の広場とほとんど同じ位の大きさだったのです。
それに食べ物はおろか、 草一本もない荒れた星でした。
バルーンは絶望しました。
*
*
「おーい」
バルーンは大声で地球に向かって叫びました。
なんの返事も返ってきません。
バルーンは寂しさのあまり泣き出してしまいました。
どんなに大声で泣こうともバルーンの泣き声以外なにも聞こえてはきませんでした。
そのうちに泣きつかれてバルーンは眠ってしまいました。
*
*
長い時間がたちました。
バルーンが目を覚ますとやっぱり誰もいませんでした。
バルーンはまた地球を見上げました。
「んっ? 何だアレ?」
バルーンが見上げると何かたくさんのモノが地球から飛んできます。
バルーンはそれが何か気付きました。
『いらないモノ』をつけた色とりどりの風船がどんどん飛んできます。
*
*
バルーンの星に『いらないモノ』がどんどん降ってきました。
『いらないモノ』が星に降り立つと風船はしぼんで小さくなってしまいました。
*
*
そのうちに、バルーンの星は『いらないモノ』でいっぱいになりました。
バルーンは悲しくなってきました。
自分以外誰もいない星で『いらないモノ』に囲まれている。
自分も『いらないモノ』の一つなんだなとバルーンは思いました。
*
*
バルーンは『いらないモノ』にどんなものがあるのか見てみることにしました。
粗大ゴミに電化製品に自動車。 鉄の部品に木材。
その他にいくつもの黒い袋がありました。
バルーンはその袋を一つ一つ開けてみました。
*
*
黒い袋の中身は紙くずや食べ物の残りカスでした。
バルーンは涙を流してそれを食べました。
「おいしい」
バルーンにはなんだかその残りカスが今までで一番おいしく感じました。
*
*
*
バルーンを空に飛ばしてから数日が過ぎました。
街の広場では、 あれから毎日「いらないモノ』 を飛ばし続けています。
「さぁ、今日は何を飛ばそうか」
トッピオさんはベッドから起き上がりました。
もう太陽があんなに高く上がっています。
*
*
街の広場に行くとバカな大人達が集まっていました。
「やぁ、みなさん。 今日は何を飛ばそうか?」
トッピオさんは話しかけました。
「・・・・・」
みんな何も答えません。
トッピオさんは聞こえなかったのかなと思い、 もう一度言いました。
「やぁ、みなさん。 今日は何を飛ばそうか?」
*
*
トッピオさんが言うと、一人が前に出てきました。
「トッピオさん、今日はあんたを飛ばすことにした」
その男が言いました。
「何を言っているんだ?」
トッピオさんはまったくワケがわかりません。
「トッピオさん、 街のみんなで決めたことだ」
その男は言いました。
*
*
そうです。 街のみんなはトッピオさんを『いらない』 と思っているのです。
バルーンが空に捨てられて、『いらないモノ』を空に捨てることができるとわかってからというもの、街のみんなはどんどん『いらないモノ』を空に捨てていました。
トッピオさんは街の代表として、 みんなにいつも指示をあたえていました。
でも最近、街の住人からすればやり過ぎるところが目立っていました。
街のみんなに風船を作らせておいて、自分はみんなに命令ばかりしています。
それどころか、街のみんなの捨てる『いらないモノ』を自分で決めて勝手に空に飛ばしたりもしました。
街のみんなからすればトッピオさんがこの街で一番『いら ないモノ』なのでした。
*
*
「ウソだ!!」
トッピオさんは言いました。
バカな大人達はトッピオさんの言葉を無視してトッピオさんの体に膨らませた風船をどんどんくくりつけていきました。
「やめてくれ」
トッピオさんの体は宙に浮き、あっという間に空に飛んでいきました。
「たすけてくれー」
*
*
バカな大人達は満足げにニコニコしています。
「よし、これからも『いらないモノ』 が出てきたら広場に集めよう」
「そうしよう」
「ハハハハハハハハ」
バカな大人達の笑い声が広場に広がりました。
*
*
*
バルーンは一人ぼっちでいらないモノの分別を始めました。
これはこっち。 あれはあっち。
バルーンしかいないこの星ではこれぐらいしかすることはありません。
食べ物を手に入れるためにも重要なことでした。
*
*
これはこっち。 あれはあっち。
「んっ?」
『いらないモノ』の分別をしているとバルーンの頭に何かがコツンと当たりました。
バルーンは宇宙を見上げました。
流れ星がいくつも流れています。
「痛い!」
またバルーンの頭に何かがコツンと当たりました。
バルーンは自分の頭に当たったものを手にとって見ました。
キラキラ輝く小さな石です。
どうやらここでは雨のかわりに流れ星が降ってくるようです。
バルーンは『いらないモノ』の中にあったカサを開きました。
あられやひょうぐらいの小さな流れ星がザーザー降ってきます。
バルーンは頭の上にカサをさしたままジッと流れ星が止むのを待つことにしました。
*
*
やっと流れ星が止みました。
バルーンはまた流れ星が降ってきた時のために『家』をつくることにしました。
どうやって作ろうか?
バルーンが考えていると、 地球からまた『いらないモノ』をつけた風船が飛んでくるのに気がつきました。
今度は何かな?
バルーンは目を凝らして『いらないモノ』を見ました。
「トッピオさん!!」
バルーンは自分の目を疑いました。
自分を空に飛ばしたトッピオさんが自分と同じように風船をつけて飛んできます。
バルーンが不思議がっていると、風船をつけたトッピオさんは星に着陸しました。
*
*
トッピオさんは辺りをキョロキョロと見回しています。
周りは『いらないモノ』だらけです。
トッピオさんは地球を見上げました。
「おーい!!」
小さな星にトッピオさんの声だけが響きました。
誰の返事も返ってきません。
*
*
「トッピオさん」
バルーンが声をかけました。
トッピオさんはやっとバルーンに気がつきました。
「バルーン・・・」
*
*
「トッピオさん、何でトッピオさんがここにいるんですか?」
バルーンは聞きました。
「街のみんながワタシを『いらない』と言いやがった。 それからこのとうりだ」
トッピオさんは言いました。
「そうですか・・・」
バルーンはもしかしたら自分を迎えに来てくれたのかも』と思ったのですがどうやら違うようです。
*
*
「はぁ~」
トッピオさんはそれからずっと肩を落として、ためいきばかりついています。
「トッピオさん、いっしょに 『家』を作りませんか?」
見かねたバルーンがトッピオさんに話しかけました。
トッピオさんはバルーンの方をチラッと見て、言いました。
「『家』?、フンッ、 何でワタシがそんなものをお前と作らなければいけないんだ。 だいたいどこにそんな材料があるんだ。 ここは 『いらないモノ』 だらけの何もない星だぞ」
バルーンは言いました。
「それじゃあ、僕だけで作ります。 トッピオさんは座っててください」
トッピオさんはバルーンの方をチラッと見て、 フンッと鼻をならしました。
*
*
まず、バルーンはブリキの板を数枚運んできました。
それから木の棒とカサを持ってきました。
バルーンが見ると、トッピオさんは向こうを見ています。
バルーンは木の棒を地面に突き刺し、その上にブリキの板をのせました。
その周りもブリキの板で囲んでいきます。
トッピオさんはバルーンの方をチラッと見ました。
バルーンはブリキの屋根の上に、 カサを数本開けて置きました。
「よし、完成だ」
バルーンが言いました。
*
*
「こんなものが『家』だと言えるか!」
トッピオさんが言いました。
「『家』 といえば、 柱があって木や鉄でつくるものだろう。 ちゃんとした屋根があって。
それが『家』だろう」
バルーンは言いました。
「僕もここに来てやっとわかったことなんですが、 たぶん 『形』を決めてしまっているのは僕ら何だと思います。コーヒーカップはコーヒーを入れるものだとか、 それ以外には役に立たないと思っているんじゃあないでしょうか?」
「そんなこと当たり前だ。 コーヒーカップにはコーヒーを入れる」
トッピオさんはフンッと鼻をならして、 バルーンに背を向けてしまいました。
*
*
「腹が減ってきたなぁ」
トッピオさんはオナカをさすっています。
「オイッ、なにか食べるものはないのか」
トッピオさんはバルーンに言いました。
「ありますよ、あそこの袋の中です」
バルーンは言いました。
トッピオさんはその袋を見て、 言いました。
「あれは街の住人が『捨てたモノ』だろう。 あんなものが食えるか」
トッピオさんはまたバルーンに背を向けてしまいました。
「でも、ここにはあれしかありません」
バルーンは言いました。
トッピオさんはまたフンッと鼻をならしました。
*
*
バルーンは今日も『いらないモノ』の分別をしています。
『いらないモノ』は毎日、バルーンのいる星に飛んできました。
トッピオさんはあれから何も口にしていません。
*
*
「トッピオさん、意地を張ってないで何か食べた方がいいですよ」
バルーンは心配して言いました。
トッピオさんは何も言いません。
*
*
バルーンは『いらないモノ』の分別を続けました。
トッピオは何も口ににしません。
バルーンは食べ物の入っている袋を開けました。
食べカスではなくほとんど食べてもいないものが入っていました。
*
*
『捨てるところ』があると思っている街のみんなが『捨てるモノ』は日増しに多くなっていました。
ほとんど使ってないものも平気で捨てるようになっているようです。
*
*
バルーンはトッピオさんにそれを持っていきました。
「 トッピオさん、これはほとんど食べられていません。これを食べてください」
バルーンが言うと、トッピオさんは言いました。
「ほとんどということは、やっぱり誰かが食べたんじゃないか! そんなもの食えん!」
*
*
ぐうー ぐうー
トッピオさんのオナカがなっています。
「何か他に誰にも食べられていないものがあるだろう」
トッピオさんはとうとう我慢できなくなり、袋を手当たり次第に開け始めました。
「!!!」
「ない!!」「ない!」「どこにもない」
トッピオさんは愕然としました。
バルーンの持ってきた袋以外、食べ物の入っている袋はありませんでした。
*
*
そうです。『いらないモノ』の量が増えたからといって、『食べ物』の量が増えたわけではありません。
街のみんなは確かに食べ物も飛ばしていましが、それが確実にこの星に着くは限りませんでした。
バルーンはその少ない食べ物を、自分は食べないでトッピオさんにあげようとしていたのです。
*
*
「バルーン・・・」
トッピオさんもその気持ちがやっとわかりました。
トッピオさんは泣きながらバルーンの持ってきた食べ物を食べました。
*
*
*
トッピオさんとバルーンは、『家』の中に並んで地球を見上げています。
あれから3回、流れ星の雨が降りました。
トッピオさんとバルーンは毎日、『いらないモノ』の分別をしました。
*
*
地球を見上げながら、トッピオさんは言いました。
「なぜ『いらないモノ』は捨てても捨ててもなくならないのだろう? 以前よりも増えている気がする」
バルーンはそれを聞いて、言いました。
「トッピオさん、この星は土と石だらけだけど、この星にあるものをだれが『いらないモノ』だと言うでしょうか?」
トッピオさんはバルーンを見ました。
「街のみんなが『いらない』と思って捨てたものも、ここでは僕達に必要です」
バルーンは話を続けました。
「自分だけいろんなものをもっておこうとするからいけないんじゃあないでしょうか」
トッピオさんは話を聞いています。
「僕にとっては『必要なモノ』もトッピオさんには『必要ないモノ』かもしれません。逆もそうです。
たぶん『いるモノ』と『必要とする人』は別々の場所にいるだけなんだと思います。
誰かが『いらないモノ』 も誰かは『いるモノ』だというかもしれません。
たぶん『いらないモノ』なんてどこにもないんですよ」
*
*
「ここにある 『いらないモノ』 すべてが同じ星で生まれたものです。 みんな同じところから生まれ ました。 それは僕達が生まれることとそんなに変わりはないんじゃあないでしょうか?」
*
*
「バルーン、ワタシにはお前が必要だ」
トッピオさんは言いました。
「トッピオさん、僕もです。 でも、僕はトッピオさん達に甘え過ぎていた」
バルーンは言いました。
*
*
「僕はゾウの群れで生まれました。 でも、 僕は生まれた時からのろまで群れの生活についていけず、いつのまにか群れからはずれてしまいました」
*
*
バルーンは生まれた時からのろまで、群れの行動についていけませんでした。
群れの仲間は誰ものろまなバルーンを相手にしませんでした。
群れからはずれたバルーンは、人間に捕まえられて動物園に連れて行かれました。
動物園でバルーンはオリに入れられて、お客さんに見られる生活をすることになりました。
動物園の動物達は、 オリの中を動き回ってお客さん達を楽しませていました。
バルーンも「ここではちゃんとしよう』と毎日お客さんを喜ばせるためにオリの中を動き回った りしていたのですが、のろまなバルーンを見てくれるお客さんはいませんでした。
バルーンは動物園から逃げ出してしまいました。
動物園から逃げ出したバルーンはサーカスに拾われました。
サーカスでバルーンは「今度こそちゃんとしよう』とお客さん達を楽しませる芸をしました。
でも、バルーンはやっぱりのろまでお客さん達の前でうまく芸ができませんでした。
お客さん達は誰もそんなバルーンの芸を見てくれませんでした。
バルーンはサーカスを追い出されました。
*
*
*
「そして、僕はみんなのいる街に辿り着きました」
バルーンは言いました。
*
*
「街のみんなは僕にとても優しくしてくれました。
僕はその気持ちに甘え過ぎてました。 自分のできることをやろうとしませんでした」
*
*
トッピオさんは言いました。
「ワタシは街のみんなに 『いらない』と言われた。
ワタシはお前を『いらない』と言い、 空に飛ばした。 ワタシをうらんでいるか?」
バルーンは言いました。
「さっき、トッピオさんは僕のことを必要だと言ってくれました。 自分を必要としている人がいるのは幸せなことです。 それがやっとわかりました」
「そうか」
トッピオさんはそれを聞き、言いました。
*
*
*
今日も『いらないモノ』が地球からやってきます。
街の住人は何でも捨てるようになっていました。
『いらないモノ』のなかにはまったく使ってないものもありました。
バルーン達のいる星は、 もう地面が見えないほど『いらないモノ』でいっぱいになっていました。
バルーンとトッピオさんは毎日、『いらないモノ』の分別をしました。
*
*
「バルーン、また何か 『いらないモノ』がやってきたぞ」
トッピオさんが言いました。
今日の『 いらないモノ』はなんだかいつもと様子が違うようです。
風船につられながら、バタバタと動いています。
*
*
『いらないモノ』が星に着陸しました。
「お前達、何してるんだ?」
トッピオさんが言いました。
*
*
そうです。 この星に着陸した『いらないモノ』はトッピオさんを空に飛ばしたバカな大人達でした。
*
*
「トッピオさん」
バカな大人達はトッピオさんを見ると、涙を流して駆け寄ってきました。
「どうしたんだ?」
トッピオさんが聞くと、バカな大人達は言いました。
「街のみんなに飛ばされたんです」
*
*
トッピオさんがいなくなってから、街ではトッピオさんの代わりにバカな大人達が街の住人
に命令するようになりました。
街のみんなは今度はバカな大人達を『いらない』と言い、 空に飛ばしたのでした。
*
*
「トッピオさん、すみませんでした」
バカな大人達は、泣きながらトッピオさんに謝りました。
「もういい、 それよりお前達も『いらないモノ』の分別を手伝ってくれ」
トッピオさんは言いました。
*
*
*
そのころ、 街の空では。
バルーン達のいる星に辿り着かなかった『いらないモノ』はすべて街の上空の雲に引っかかっていました。
真っ白だった雲も『いらないモノ』で埋め尽くされて、真っ黒になっています。
*
*
街の住人にとってはもう見慣れた光景でした。
街を歩く人もまったく気にもしていません。
*
*
その時です。
街に雨がポツリと降ってきました。
ポツリポツリと雨が降ってきます。
コツン!
街を歩いている人の頭に何かが降ってきました。
拾って、見るとそれは『紙くず』 でした。
コツンコツンと何かが降ってきます。
街の住人が空を見上げると『いらないモノ』が雨といっしょに降ってきます。
*
*
そうです。 雲に引っかかっていた『いらないモノ』が雨になった雲といっしょに街に降り注いで いるのでした。
生ゴミ 粗大ゴミ 自転車 ラジオ
今まで街のみんなが捨てた『いらないモノ』が街に降り注ぎました。
*
*
*
バルーンとトッピオさんとバカな大人達は毎日、『いらないモノ』 の分別をしました。
星は『いらないモノ』で埋め尽くされ、以前の星よりもだいぶ大きくなっていました。
*
*
「今日はやけに 『いらないモノ』が来ない日だな」
トッピオさんが言いました。
*
*
そうです。 いつもはあんなにやってくる『いらないモノ』が今日は一向に来ません。
*
*
「あっ! トッピオさん、来たようですよ」
バルーンが言いました。
*
*
黒い袋が一つだけ風船に揺られてゆっくりとこっちへ来ます。
「今日はほんとうにどうしたんだ?」
トッピオさんが言いました。
*
*
黒い袋がバルーン達のいる星に着陸した時。
ゴゴゴゴゴ・・・
星が音を立て始めました。
バルーン達は何が起こっているのかまったくわかりません。
星中が大きく揺れだしました。
音を立てた星は急速に地球に落ちていきました。
*
*
*
ゴゴゴゴゴ・・・
街の空から大きな地響きが聞こえます。
ドーン!!!
バルーン達の星は音を立てながら街の広場に落下しました。
*
*
「どうなっているんだ?」
『いらないモノ』の中から顔を出して、トッピオさんは言いました。
*
*
そうです。 街のみんながあまりにも『いらないモノ』 を飛ばしたので、星の重量が限界に なり、空から落ちてきたのでした。
*
*
街のみんなが広場を囲むように集まってきました。
「トッピオさん、すみませんでした」
誰かが言いました。
「すみませんでした」
街のみんなが言いました。
*
*
「???」
トッピオさんは首をかしげました。
帰って来れたとしても、てっきり街のみんなから『いらないモノ』扱いされると思っていたのに街のみんなが自分に頭を下げている。
トッピオさんは何が何だかまったくわかりませんでした。
*
*
「どういうことだ?」
トッピオさんは街のみんなに聞きました。
「実は・・・・・・」
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街のみんなの話では、『いらないモノ』が雨といっしょに降ってきた後、街中は『いらないモノ』 であふれかえり、手のつけられない状態でした。
街のみんなは自分達がこんなにもたくさんの『いらないモノ』を捨てていたのかと驚きました。
その中にはまったく使ってないものもあります。
街のみんなはやっと自分達のやっていたことの重さに気づきました。
街のみんなが反省していると、 雲から落ちてきたのより数倍もの量の『いらないモノ』の塊が空から降ってきました。
その中からトッピオさんが顔を出したのでした。
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「ワタシ達は雲から落ちてきた『いらないモノ』でワタシ達が空に飛ばした 『いらないモノ』は 全部だと思っていました。 それなのにさらにこんなにも『いらないモノ』が落ちてきた。 トッピオさん、ワタシ達はどうしたらいいのでしょうか?」
街のみんなが言いました。
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トッピオさんはバルーンに聞きました。
「どうすればいい、バルーン」
『いらないモノ』の中から顔を出して、 バルーンは言いました。
「どうすればいいかは、 またみんなで話し合えばいいんですよ。 トッピオさんあなたはそのためにいるのでしょう?」
バルーンがそう言うと、バカな大人達も『いらないモノ』から顔を出しました。
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「トッピオさん、みんなあなたを必要としています」
バルーンが言いました。
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「よし、では今日の議題は『いるモノ』と『いらないモノ』の違いについてだ。
今度は街のみんなで考えよう。
もちろんバルーンもだ」
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この星ではみんなが誰かを必要とし、
誰かが誰かを必要としています。
たぶんきっと、自分を必要としてくれる人が『どこか』にいます。
その人と出会えた時、僕らは精一杯がんばることが必要なのだと思います。
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□あとがき
18歳~21歳の時期に、話をいくつも作りました。
この『ゾウとバルーン』はその時期に作ったお話です。
その時期に僕の周りで起こったことのエピソードは沢山あります。
その体験が、この時期の僕に話をいくつも書かせてくれたのだと思います。
それは僕の心象風景に、夜を呼んでくれました。
夜の青色と、星の黄色を呼んでくれました。
それからのちに、『花』に出会えました。
花に出会えたとは、誰かに必要としてもらえたということです。
このお話を作ってから、20年ほどの時間が過ぎました。
その時間が、今の僕の心象風景に、朝を呼んでくれました。
目を閉じて、何かを思い出すと、何が思い描かれるでしょうか?
今、あなたが出会えた素晴らしいもの。
これから、あなたが出会える素晴らしいもの。
それはきっと、僕が大切にしている『花』と同じなのだと今では思えています。
お話、読んでもらえて嬉しかったです。
ありがとうございました。
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